アルシデ。
それはガラス瓶の中に水没した時計塔のある、作り物の世界。
この世界の全ては、魔法使いである誰かの被造物。
太陽も、風も、海も、人間も。
全部全部、作られたもの。
アルシデの歴史が始まってから544年の初夏。
アタシは1人の人物に恋をした。
忘れられない恋だった…
+++++
ルディ
「は〜。やっと着いた…」
午後の2時。
初夏の日差しが降り注ぐ陸地の階。
雨の屋敷の玄関に旅行の荷物を置いたアタシは言葉をこぼした。
経緯を話すとだ。
アタシは雨の神の従者・ルースの休暇旅行に荷物持ちとして同行させられていたのだ。日頃から悪事を働く罰としてな!
旅行先である浅瀬の階では、綺麗な海を眺めたり、季節のイベントを楽しんだり、ルースの知り合いと会ったりして…まぁそこそこ楽しい時間を過ごした。
とはいえ。
旅が終われば、疲れが一気に出てくるもんで…
旅行から帰ってきたアタシは、玄関に座り込んでいた。
ルース
「こんなとこで座り込まないでください。部屋に荷物を持って行くまでが、荷物持ちの仕事ですよ」
ルディ
「えー、もういいじゃんか〜。自分で持ってけよ〜」
ルース
「はあ。これだから小悪魔は…」
ブーブーと文句を言うアタシに、呆れた眼差しを向けるルース。
だが、その視線も下に落ちる。
ルース
「しかし、今屋敷は来客中ですからね。ここで騒ぐのはやめておきましょう」
ルディ
「え?」
ルースが足元を指差す。
そこには、靴が二足、キチンと並べられていた。
ルディ
「へー。この屋敷にも、お客さんって来るんだな」
ルース
「珍しいですね。どなたでしょう」
ルースがそう言った時だった。
廊下の向こうから足音が聞こえた。
レナード
「よお! 2人ともおかえり!」
ルース
「ただいま、レナード君」
ルディ
「ただいま〜」
金髪で活気のある青年…雨の神の従者・レナードが出迎えてくれた。
レナードは嬉しそうに言う。
レナード
「ちょうど今、ジョシュアが来てんだ」
ルース
「へぇ。珍しいですね」
レナード
「会ってくか?」
ルース
「そうですね。軽く挨拶をして…すみません、長旅で疲れてしまったので、ちょっと部屋で休みます」
レナード
「オッケー」
誰だジョシュアって。
まぁいっか。
アタシはそそくさと雨の屋敷から去ろうとする。
ルディ
「んじゃ、アタシはこれで!」
レナード
「あれ? ルディ、もう帰るのか?」
ルディ
「そりゃアタシだって疲れてるし!」
レナード
「そっか。せっかくジョシュアがお土産のお菓子持ってきてくれたのにな」
ルディ
「…お菓子?」
そういえば、小腹も空いている。
どうせどこかで何か食べなきゃいけないなら…
ルディ
「し、しかたねーなぁ! そこまで言うなら、そのお土産のお菓子、食べてやるよ!」
ルース
「無理しなくていいんですよ?」
ルディ
「無理じゃねーし!」
レナード
「じゃあ、決まりだな! ルディ、リビングに来てくれ。ジョシュアたちが待ってる」
うん?
ジョシュア…たち?
他にもお客さんが来てるのか?
まぁ、どうだっていい!
ルディ
「お土産のお菓子って、なんだろな〜♪」
ルースはレナードに、浅瀬の階のお土産を渡していた。
アタシはリビングにルンルンと向かっていった。
+++++
リビングには、白い羽根の有翼人の少年がいた。
ジョシュア
「あれ? こんにちは」
多分コイツがジョシュアだ。
なんか、おとなしそうで気難しそうな顔したやつだな。
なんて思ったが、そんなことより…
ルディ
「なっ、なんでお前が!?」
コンラート
「そ、それはこちらのセリフですよ!!」
ジョシュアの隣にいたのは、アタシの同僚の小悪魔・コンラートだった。
ジョシュア
「なんだ、コンラート。知り合いなのか?」
コンラート
「私と同じ小悪魔の同僚ですよ! 雨の神に悪事を働いていることは知っていましたが、貴女は今旅行中と聞いていたので…まさか会えるとは思っていませんでした」
ジョシュア
「そうなんだ。あ、いつもコンラートがお世話になってます。ジョシュアです」
ジョシュアは軽く会釈をする。
ルディ
「あー、アタシはルディ。よろしく」
アタシも一応挨拶をする。
レナードがリビングに入ってきた。
レナード
「ルースから、浅瀬の階のお土産もらったから食べようぜ〜!」
ルースはリビングのドアから軽くジョシュアに挨拶をして去っていった。
+++++
改めて。
アタシとレナード、ジョシュア、コンラートで、お土産のお菓子を食べながら会話をする。
ルディ
「そういえば、他の雨のメンツはどこ行ったんだよ?」
レナード
「そろそろ梅雨の準備をしなくちゃいけないからさ、みんな梅雨支度に入ったんだ。今日は俺が屋敷で留守番中ってわけ」
ルディ
「へぇ〜。っていうか、今年も梅雨あるのかよー。今年くらいは梅雨が無くてもいいんじゃないか?」
レナード
「そうも言ってられないんだって。梅雨が無いと困る人たちがいるんだよ」
ルディ
「えぇ? 誰が困るんだ?」
レナード
「ん〜、カエルとか、困るんじゃないか?」
ルディ
「それ人じゃないし」
レナードは快活に笑う。
レナード
「はは! 雨もこの世界に必要ってことで!」
ルディ
「適当だなぁ」
レナード
「まぁ、風に比べたら、雨を喜ぶ人ってのは少ないんだろうな。なぁジョシュア」
ジョシュアは、うーんと考える。
ジョシュア
「どうなんだろうね。風だって、そよ風だったら喜ばれるけど」
レナード
「難しいよな、そこんとこ」
コンラート
「自然を司る魔法使いはコントロールがしにくいと聞きますからね」
コンラートも一緒になって腕を組んで考える。
ジョシュアはジーッとコンラートを見た。
ジョシュア
「コンラートは関係者じゃないだろうに」
コンラート
「なっ! 共感したんじゃないですか!」
ジョシュア
「共感って…どこに共感したの?」
コンラート
「難しいな〜、ってとこです!」
メガネをクイッと持ち上げて、知的なポーズをするコンラート。
ジョシュア
「…君って、知的に見えて、なんか…アレだね」
コンラート
「なんかアレってなんですか!?!? 私はいつだって知的ですよ!?」
ルディ
「そういえばさ」
アタシは聞いた。
ルディ
「なんで、ジョシュアと一緒に、コンラートがいるんだ?」
コンラート
「んなっ!? そ、そんなことはどうでもいいではないですか!」
妙に焦るコンラート。
ジョシュアが言う。
ジョシュア
「いつもいつも、風の城に悪さをしにくるから、罰として、僕の休暇旅行の荷物持ちとして同行させることにしたんだ」
レナード
「ルースがルディを荷物持ちとして旅行に同行させたのと同じだな、って話してたんだよな!」
コンラート
「あああ! 言わなくても良いことをっ!!」
アタシは、ぷぷー、と吹き出して馬鹿にしてやった。
ルディ
「おいおい、コンラート〜。なーにやってんだよ、カッコ悪〜!」
コンラート
「う、うるさいですね! 貴女だって同じ目に遭っていたくせに!」
ふと、
アタシは気づいた。
ルディ
「…って、ん?? 旅行に同行…アタシと同じ??」
アタシは今までジョシュアはただの有翼人だと思っていたけど…
ジョシュアは言う。
ジョシュア
「僕は風の神の従者だよ」
アタシは手を叩いて納得した。
ルディ
「ああ〜! なるほどな! アルシデに風を吹かせる魔法使い・風の神の従者! だからコンラートを荷物持ちに! なるほどな!」
コンラート
「なるほどじゃないですよ!」
レナードは笑う。
レナード
「ジョシュア。この後どうするんだ?」
ジョシュア
「そうだね。ひとまず今日は、一通り陸地の階を散策しようかな」
コンラート
「では、私は宿で荷物を見張っておきましょう。ごゆっくり観光をお楽しみください」
ジョシュア
「君も来るんだよ」
コンラート
「何故!?」
ジョシュア
「小悪魔と荷物を同じ部屋に入れておいたら、荷物を漁られるかもしれない」
コンラート
「そんなことしませんよ!」
ジョシュア
「貴重品も盗られたらヤだし」
コンラート
「盗りませんよ! 小悪魔なので、シャレにならない悪事は働く勇気がありません!」
えっへん、と胸を張るコンラート。
同僚だからか、アタシが恥ずかしくなってくる…
ジョシュア
「さてと、あまり長居をするのもよくないから。僕らはそろそろ行くよ」
レナード
「お、そうか! じゃあまたな! 来てくれてありがとう! いつでも連絡くれよな」
ジョシュア
「うん。ありがとう」
アタシとレナードは、ジョシュアたちを玄関で見送ったのだった。
+++++
レナード
「さーてと、みんなが帰ってくるまでどうしよっかなぁ」
リビングに戻ったアタシとレナード。
アタシは言った。